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仙台高等裁判所 昭和59年(く)9号 決定

被請求人 小玉哲

昭三四・一・二四生 自動車運転手

主文

原決定を取り消す。

検察官の被請求人に対する刑の執行猶予の言渡し取消し請求を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人安部洋介作成名義の「即時抗告の申立」と題する書面に記載されているとおりであるから、これを引用する。

論旨は、被請求人が執行猶予者保護観察法五条所定の遵守事項に違反し、その情状が重いとして、同人に対する刑の執行猶予の言渡しを取り消すこととした原決定の認定、判断は誤りであるから、その取消しを求める、というのである。

記録によれば、被請求人は、昭和五六年三月五日札幌地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反、逮捕監禁、恐喝未遂、傷害の罪により懲役二年、四年間保護観察付執行猶予の判決の言渡しを受け(右裁判は同月二〇日確定)、それ以来札幌、釧路(昭和五八年一二月九日以降)、福島(昭和五九年一月五日以降)各保護観察所の保護観察を順次受けて来たが、福島地方検察庁検察官は昭和五九年二月二七日原裁判所に対し、被請求人が右執行猶予(保護観察付き)の期間内に更に罪を犯し、昭和五六年九月二八日旭川簡易裁判所において、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により罰金三万円に処せられ、同年一〇月一四日右略式命令が確定し、更に同五八年一二月二〇日釧路地方裁判所北見支部において、傷害の罪により罰金一〇万円に処せられ、同五九年一月五日右判決が確定し、かつ右保護観察の期間内に遵守すべき執行猶予者保護観察法五条一、二号所定の各事項に違反し、その情状が重いとして、釧路保護観察所長の申出に基づき、前記刑の執行猶予の言渡しの取消しを請求し、原裁判所は昭和五九年三月二七日被請求人が保護観察の期間中同法五条所定の遵守事項を遵守しなかつたことは明らかであり、また右違反の経過、態様よりすればその情状は重いとして、刑法二六条の二第二号、刑事訴訟法三四九条の二により右刑の執行猶予の言渡しを取り消したことが明らかである。

そこで原決定の当否を考えてみるのに、記録を精査、検討すると、被請求人が、保護観察の開始に当たつて、保護観察官から、執行猶予者保護観察法五条一、二号に規定する遵守事項とともに、右遵守事項を守るための指示事項として、(1)飲酒を慎しんで決して他人に乱暴しないこと(2)暴力組織関係者と交際しないこと(3)定職について辛抱強く働き通すこと(4)毎月進んで担当保護司を訪ね指導助言を受けることの四項目につき説示を受け、右指示事項に従つて右遵守事項を守り、健全な社会人になるよう努力することを誓約したこと、当時被請求人は北海道芦別市に居住し、札幌市内の暴力組織に加入しており、担当保護司等から交友関係について注意するように指導を受けていたのにもかかわらず、わずか四か月後の昭和五六年七月一二日に旭川市内において、仲間が喧嘩で負傷したことから、その報復のため数名の者と共謀のうえ、喧嘩の相手に対し暴行を加えて、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪を犯し、上記のとおり同年九月二八日罰金三万円に処せられ、更に同年一二月一五日北海道紋別郡遠軽町において二回にわたり、いずれも被害者の顔面を手拳で殴打するなどしてそれぞれ加療約一週間を要する左眼囲挫傷等の傷害を負わせたこと、その後被請求人は、同月二三日ころ担当保護司に札幌市に行くと電話連絡をしたのみで、保護観察所の長に届け出ることなく転居し、ほどなく所在不明となり、昭和五八年一〇月二八日右傷害事件で逮捕されるまで所在が判明しなかつたこと、被請求人は同事件について、同年一二月二〇日上記のとおり傷害の罪により罰金一〇万円に処せられたことが認められる。

右認定に徴すれば、被請求人は右刑の執行猶予期間中二回も罰金刑に処せられ、保護観察を受けながら善行を保持せず、保護観察所の長に届け出ることなく住居を移転し、執行猶予者保護観察法五条一、二号所定の各遵守事項を遵守せず、その経過、態様に照らすと、原決定が指摘するようにその情状は重いというほかなく、同人の右行状は刑法二六条の二第一、二号所定の取消し事由にあたるものというべきである。しかしながら、右取消し事由に該当する場合であつても、同法条は刑の執行猶予の取消しについて裁判所の裁量の余地を認めているのであつて、原裁判所も、被請求人の行状が同法二六条の二第二号所定の事由に該当するものと認め、裁量により右刑の執行猶予(保護観察付き)を取り消すべきものと判断したものと解されるので、更に裁量による右取消しの当否が検討されなくてはならない。ところで、右裁量的取消しの当否を判断する場合には、刑法二六条の二の法意並びに執行猶予者保護観察制度の目的・趣旨にかんがみ、被請求人の遵守事項違反の経過、態様等の過去における行状ばかりでなく、同人の保護観察付執行猶予の継続による今後の改善、更生の可能性の有無を十分考慮し、右取消しの相当性の有無について、同人の資質、年齢、生活境遇、自力更生の意欲の有無、遵守事項違反の繰返しあるいは再犯の危険性など諸般の事情を総合して考察することを要する。

そこで更に考えてみるのに、記録並びに当審における事実取調べの結果によれば、被請求人はこれまでに上記の処分歴のほかにも罰金刑に一回処せられた前歴があり、少年当時から暴行、傷害等の非行性を有し、右執行猶予(保護観察付き)期間内の北海道在住当時の行状はすでに説示したとおりはなはだ芳しくないものであるが、今村江里香(昭和三八年六月一五日生)と知り合い、昭和五七年三月中旬肩書住居の同女の母のもとに転居し、現在は同女と結婚を前提として同棲しており、福島県に居住し福島保護観察所の保護観察を受けるに至つた後は、遵守事項を守り、過誤のない日々を送つていること、被請求人は北海道在住当時札幌市内の暴力組織に加入していたが、昭和五七年六月以降右組織から全く離脱し、暴力組織関係者との交渉を一切絶つに至つていること、同人は福島県に移住後自動車運転手として正業に服し、現在会社に就労して精勤し、江里香親子と共に同一の生計を営んでいること、被請求人は福島保護観察所の保護観察を受けるに至つていまだ日が浅いが、自ら進んで担当保護司のもとに出頭してその指導監督に服し、自力更生の意欲を示し、遵守事項違反の繰返しあるいは再犯なきを期していること、被請求人が若年で可塑性に富む身であることなどがそれぞれ認められる。

そこで、右認定の諸事情、特に被請求人の生活行状が福島県移住を転機として顕著に改善されるに至つた点をも、同人の前記遵守事項違反の経過、態様に併せて、諸般の事情を総合して考察すると、被請求人の右遵守事項違反は刑法二六条の二第二号所定の刑の執行猶予取消し事由に該当するが、現在同人には改善更生への契機、自力更生への意欲がうかがわれ、保護観察の継続によりその更生を期待することが可能であると思料され、現段階において同人に対し、右更生への可能性を否定して直ちに施設収容による強制措置に出るのは相当でなく、この際はむしろ、保護観察継続による効果を重視し、前記刑の執行猶予(保護観察付き)の取消しをしばらく見合わせ、今一度同人を施設外での更生の機会を与え、完全な社会復帰を期待することが刑政上適切妥当な措置であると判断される。

してみれば、原裁判所が刑法二六条の二第二号により被請求人の前記刑の執行猶予(保護観察付き)の言渡しを裁量により取り消すこととしたのは相当でなく、原決定は右の点において取消しを免れない。それゆえ、論旨は理由がある。

以上の次第で、本件抗告は理由があるので、刑事訴訟法四二六条二項を適用して、主文のとおり決定をする。

(裁判官 粕谷俊治 小林隆夫 小野貞夫)

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